まがたま研究会

勾玉の歴史からお土産物まで!

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勾玉の歴史 XⅠ

勾玉の使い方②

rekishi11.jpg

写真①

rekishi11-1.jpg

写真②

rekishi11-2.jpg

写真③

前回で勾玉は神のしるし、又は あかし…!!!と書きました。しかし、それだけではない!!! と思われる使い方をしている出土例があります。
その一つが、大阪府和泉市池上町にある池上曽根遺跡です。
南北1.5Km,東西0.6Km,総面積60万㎡と全国屈指の規模をもつ弥生時代の集落で、この中にある神殿(写真①)は紀元前50年ごろに建てられています。
石オノで切り出された26本の柱から成り立っていて、その1番前の柱の下から勾玉が出土されています。(写真②)
その勾玉は新潟産のひすいである事が判明しています。
時間と距離と手間をかけた一品!!!これをなぜ柱の下に埋めたのでしょうか?
26本の柱のうち、この柱だけが腐っていなかったと言われています。
次に奈良県田原本町の唐古・鍵遺跡から出土された不老長寿の仙薬「禹余糧(うよりょう)」と言われる褐鉄鋼の中からヒスイの勾玉が出てきています。(写真③) 
これは、紀元前1世紀のものと発表されています。これも外からは見えてないのです!!!
勾玉は薬といっしょに出土される事があります。が、勾玉を薬として飲んだという記述はまだ見たことがありません!!!
ということは…?!
勾玉のパワーを薬に染み込ませようとしたのでしょうか?この時代は平均寿命が20才にもなっていません。しかし、この時代に勾玉や仙薬を持っていた人々…一番調べやすいのが天皇なのですが初代天皇から20代天皇までで100歳生きた天皇が12人、90代が2人居られるのです。
天皇長寿の謎は今も解けていないのですが、歴史学者達のなかでは、古事記、日本書紀は意図的に長寿をでっちあげたものではないとの考え方がほとんどです。
naoki
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