まがたま研究会

勾玉の歴史からお土産物まで!

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石山寺のお土産!

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滋賀県の石山寺大黒堂に勾玉のお土産物が・・・。
しかし、これはお土産と言うよりもお守りに分類すべきなのか?
それにしてもまがたまと言えば神道・・・なのにお寺のお守り&土産物になってるなんて(^_^;)
この形だと神道のまがたまでは無さそうだけど・・・お寺サンにこれを勧めた業者も業者。それを採用してお寺の名前を入れちゃったお寺もお寺・・・ですね。
それだけ、まがたまが「ありがたい」物として認識されていると言うことでしょうか(^_^)v
neko
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勾玉の歴史 Ⅵ

形・巴との関係
ある時、中国琵琶(ビワ)の演奏者と出会いました。
中国ではこきゅうと共に、ポピュラーな楽器でその名の由来は (琵)指を外にはじく(琶)指を内に引き寄せるという意味だそうです。その行動の繰り返し行う事により演奏するため、その楽器の名を琵琶と名付けたそうです。
漢字を分解しカンムリを取ると(比)すなわち、外に出す不必要・拒否を意味し、巴はその逆で自分の身に取り入れる様であるそうです。
巴に手へんを付けると(把)となり、把握するの把で、中国では持つという意味だそうです。
漢字は象形文字です。(把)は手に何を持ったのでしょうか?
巴のもとになったものは…?
象形文字で巴と入力し検索してみると東巴文字(トンパモジ)というホームページにたどりつきます。
中国雲南省の西北部、チベット高原の東南にある麗江ナシ族が、トンパ教の経典を書写するのに用いた事からトンパ文字と呼ばれるようになったそうで、このトンパ教はナシ族の原始宗教で太陽・月・星・山・水・風・火・などの自然物を崇拝し万物に霊魂が宿ると信じられていました。
日本の神道にとても似ていますよねぇ~。
何やら、どこまでもつながって行くような気がするのは私だけでしょうか?
naoki

きりぎりすの勾玉彫りNo9

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No8から27時間磨いて、やっと此処までです。
使った道具は、金属のヤスリと、400番と1000番の紙ヤスリ。
でも、なかなか凸凹が取れないので、只今再度一度削りなおしています。
見た目のラインが美しくなっても、指で触ると判ってしまうんですよね~(;-_-X;)
手の感覚・・・侮れません(/_;)
美しく曲がり、濡れたような艶が出るまで、まだまだ先が長~~い!
でも、前に造った出雲石のものより、さすがに翡翠は艶が出やすいみたいです。
出来上がりに、乞うご期待(⌒ー⌒) ニヤリ

勾玉の歴史Ⅴ 巴との関係について

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巴(トモエ)の形をよく神社や家紋、太鼓、そして屋根瓦に使われているのをよく見かけますねぇ~。これは、最も古い文様のひとつで、時代や由来は確定されていませんが、古くからの言い伝えをここにいくつか紹介しますと、屋根瓦に使っている巴は流水の渦巻き(うずまき)の形を表し、すなわち水と考え、火災からその建物を守ると考えられていたそうです。神社ではよく見る巴は神である太陽の運行や回転を表したものと考えられているそうです。
家紋として巴を使っているのは、2頭形、3頭形、右巻き、左巻きと少しの違いで、約50種の家紋があるそうです。
いづれにせよ、巴は図形から見ても、回転形態を表している様です。
台風を上空から見ると、まさしく巴の形になっているのを新聞やテレビなどで目にしますよね~!!!  
この巴の字も勾玉の形ですよねぇ~!!!
勾玉と巴は同じものなのでしょうか?でも、勾玉の歴史を調べると初期は頭も尾もほぼ同じ太さで、ほぼC字形なのを思い出していただきたい!!!!! 
勾玉を作り出した時は、巴とは考え方が違っています…が…、弥生時代後期から古墳時代になると、頭の部分が大きくなってきます。この時期に巴の形の考え方を勾玉に反映させたと私は考えます。
ますます一番最初に勾玉を作った人の考えを知りたくなってきます???
海外でもこの巴に似た形をよく目にします。
大韓民国やモンゴルの国旗!!! それに中国やインド、アジア地方で見るインヤン(陰陽)これらについて、またの機会に紹介しますねぇ~!!!
naoki 

勾玉の歴史Ⅳ

         古代人はどうやって作ってたの?
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縄文時代は、竹や骨で砂を使って何年もかかって作っていたようです。基になる石を、たたき石(ハンマーストーン)である程度型どり、あとは砂でひたすら削っていたのでしょう…。問題なのは穴で発掘される勾玉の穴はつつみ状><に開いているものが多いようです。これは先のとがったきりのような物で両面から開けているのですが、この方法では、石を裂く力が働くので割れやすくなるため、力を入れずに何日も何日もかけて削ったようです。
ちなみに現在の穴の開け方は凸なダイヤモンドのやすりを電気ドリルを使って穴を開けるのですが、1つ穴を開けるのに、めのうという石で1時間半、ジャスパーで3時間、また、石によっては5~6時間かかるのもあります。
弥生時代に入ると石で作った針が発掘され、弥生時代末期には鉄の針を使っています。古墳時代になると、道具もいろいろ充実し、砥石(トイシ)も使われるようになってきます。(写真) その砥石を日本中から集め用途にあわせ使われています。
少し話は戻って穴なんですが、前に紹介した勾玉以前に出土される大珠全国で約200個出土されているもののほとんどの穴が□(まっすぐ)掘られているのに、
勾玉は><(つつみ状)なのはなぜか?これも謎の1つです。
いずれにせよ、膨大な労力をかけ石を削っている事実は厚い石への思いを感じさせられます!!!!!!
naoki 

きりぎりすの勾玉彫りNo8

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No7より削り続けること10時間。
一番大切な「目」を少し大きくしました。
まだちょっとガタガタしていますが、フォルムはだいぶん決まってきました。
この段階まで来ると、後はずっとグラインダーは使わず手で削ります。
もう少しシェイプさせてなめらかなラインになってから磨きにはいるんだけど、まだまだ先は長いです(-_-;)

勾玉の歴史Ⅲ 形について

勾玉の形は、なぜ、あんな形なのでしょうか? 
それには大きく分けて、3つの説があります。
Ⅰ・石器時代に、動物や魚の骨やキバなど魔除けとして身に付けていたものを石で作り始めた
Ⅱ・月を神様としていた時代、その月の形を身につけるようになった
Ⅲ・すべての物の始まりの形である「胎児」を形とし若さと力を手に入れようとした その他には、釣ばり説、縄文時代・中国から入って来ていた◎形の耳飾りを切って作ったという説!!! どれが正しいのかは最初に作った人に聞くしかありませんねぇ~!!!  石を削り穴を開けた物には勾玉の他に、丸玉・平玉・管玉・臼玉・みかん玉など、十数種類ありますが、どれも回転させても対称に作られているのに勾玉だけは違います。大きさも他の物より、はるかに大きく、石の素材も高価なヒスイを使っています。(丸玉・平玉・管玉等はヒスイで作られている事は稀です。)
勾玉はとても大切に考え、重要視されている事がよく分かります。また管玉と勾玉の関係について触れておくと、管玉(竹玉と呼ぶ事があります)が出土される時は、必ず勾玉も出土されます。つまり管玉だけで出土される事はないのです?!!! この管玉、作る工程を考えただけでもゾ~とするほど困難な物、これにも深い意味がありそうですねぇ~!!! 勾玉・管玉等を組み合わせて作ったネックレスをミスマルといい前回記載したように、神道的には曲がった物を好ましくない考え方がありました。まっすぐを尊き物と考えていたなら管玉をメインにし、高価なヒスイで大きく作ったはずです!!! 勾玉の形は、その形のもつ意味以上にもっと大きな意味合いがあり、それは 何らかの効果的な事象があったのではないでしょうか?

きりぎりすの勾玉彫り番外

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勾玉を彫っているきりぎりすを激写!!

勾玉彫りの姿にイメージを膨らませて居る方がおられるようなのですが・・・実際のところこんな感じで彫っています。
大きなゴミ袋の中に水を張った器を入れ、その水をつけながら彫っています(^_^)v

きりぎりすの勾玉彫りNo7

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前回の画像より、削り続けること13時間。
前にご紹介したグラインダーと、下の画像にあるダイヤモンドヤスリ2種で形を整えながら削っています。
magatama7-2s.jpg

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